よるがこわい

ふつふつと沸き出る言葉達

ことばの大切さ

ことばって本当にすごいと思う。語彙力が皆無のため、"すごい"という抽象的な表現しかできないのが非常に悲しいところですが。言葉って漢字よりも、ことばの方が生きてる感じがするんだけど、誰か共感してくれる人っているのかな。

こんなに便利な世の中で、AIに相談したら数秒で言葉が完成してしまう時代に、ことば(この場合は、自分で完成させた場合を指す)を大切にしている人と接すると、失ってはいけないものを目の当たりにする感覚がある。そして、作られた言葉よりもダイレクトに心に響く感じ、わかる?

大切な人に、私も自分のことばを作りたいと思うようになりました。影響されやすすぎる!

そしてまとまらない文章、でも今の大切な気持ちなので、忘れぬうちに記しておくことにする。

生きること

いつ頃からか、人生を諦めるようになり、まあこれでいいやとか、こんなもんかなと思いながら毎日を過ごすようになっていた。学生時代に仲の良かった友人は、社会人になってから次第に減り、今は1人しか友人と呼べる存在はいない。

恋人や好きな人なんて当たり前にいる訳がない。恋愛経験が0という訳ではないが、過去に付き合った人達とはさほど長く交際が続いた訳でもないので、実質的な経験値は0に等しい。

焦っても仕方がないと自分に言い聞かせ、一緒にいても楽しいと感じられない相手と無理に仲良くしても仕方がないと言い聞かせ、気がついたら周りにほとんど人がいなくなっていた。

こんな人生が楽しいはずがない。生きてることに楽しみを見い出せず、ここから居なくなりたいと願うものの、死ぬ勇気もなく、ただダラダラと毎日をやり過ごしていた。

今、30代を目前にして、本当にこれで良いのかと考える時間が増えた。

私には親も姉もおり、親はまだ元気で、姉も独身だ。私は実家暮らしなので、家にいると孤独と直面する機会は案外少ない。それも相まって、ただ時の流れに身をまかせ、何となく仕事をしてお金を貰い、たまに好きな物を買ったりして、そういう人生でいいんだと思いながら貴重な20代の殆どを過ごしてしまった。

自分が歳を取るように家族も歳をとっていく。親も少しづつ歳をとっていることにようやく気が付いた。実際、昔と変わったと感じる部分も増えてきている。私がこのまま過ごした時に、本当に孤独に直面するのはこれからなのだ。幸い、関係の良好な姉がいることは救いである。だが、姉も結婚してしまうかもしれない、この先は何が起こるか分からない。そう考えた時に、このままでは後悔ばかりが残る気がした。

私にも支え合える存在が欲しい、誰かの支えになりたいし、誰かに支えられたい、昔から心の奥にあった欲望だが、自分には縁がないのだと諦めようとしていた。私は弱い人間なので、到底これから先の人生を独りで器用に生き抜いていけるとは思えないのだ。それならばまずはそれを手に入れるための努力をしてみようと思った。

ぼんやりしていた時間があまりにも多すぎた。諦めてるふりをしていただけで、本当はまだ自分の人生を諦められない気持ちが残っているのだ。あまりにも自分が惨めで情けないし、自分に申し訳ないとさえ思う。これまでぼんやりと過ごしてしまった分、人と上手に付き合い、向き合っていくことから目を逸らした分、私には足りないものだらけだと思う。でも気付いた時が1番若い。今から遅れた分を取り戻せるのかは分からないが、まずはやれるだけの努力をしたいと思った。もし上手くいかなくても、その時は本当に諦められると思うし、今よりは少し器用になれていると信じたい。

今日も仕事

土曜日の仕事は本当に気が滅入る。

私土日休みだと思って入社したのに、今なんて月半分は土曜出勤だよ。しんどいよ。

単細胞なので、容易に辞めたい気持ちになってしまうよ。

なんかよく分からないけど、今日で転職して1年経ったよ。こうやってズルズルと働いてお局になる事だけは避けたいね。

多分心が先に折れると思うけど。

 

昔からデパートとかで売られてるような、華美なケーキ(めちゃくちゃ凝ってるやつ、味とか)があまり好きじゃなくて、町の小さなお店で売られている飾り気のない素朴なケーキが好き。

 

人間関係でもそうだけど、味のある人というか、派手な人より素朴で温かい感じのする人の方が好き。

 

私が求めているのは普遍的なものなんだなって、今日ようやく気が付きました。

 

でもその“普遍的 ”っていうのが1番難しいという事だけは、昔から知っている。

 

その時点でもう既に普遍的ではないのでは?とも思う。時代は変わってるのに私の思考が追いついてないだけなんですかね。

ギョニソ

スーパーでずっと探していたちいかわのギョニソを見つけたのでこの間買ったが、今日やっと箱を開け、小学生ぶりくらいにギョニソを食べた。

 

昔はもっと大きくて1本食べるだけで満足感があったような気がしていたが、1本が細くて凄く小さくてあっという間に(いう間もなく)食べてしまった。

 

私が大きくなっただけなのか、それともギョニソが小さくなっているのか、分からないけど、多分どっちもなんでしょうね。

 

私が当時食べていたのはハローキティの物だったと記憶していたので、ネットで検索したら懐かしすぎて泣いてしまった。嘘だけど。

 

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おまけがついてた記憶はないけど、なんかこのオレンジみたいな色で包まれていた事だけは鮮明に覚えている。

眠れない夜って無駄な事ばかり考えてしまう。

そこに雨音まで加わると、頭がぼーっとして気付くと普段考えたくなくて目を逸らしてる事ばかりが頭に浮かぶ。私には何もない。外見とかそういうものだけでなく、学歴も才能も、中身も。無い者なりに必死で生きてきたつもりだけど、ふとした時に本当に辛くなってしまって夜な夜な一人で泣いてしまう。生き方が下手すぎる、あまりにも。無い物なりに上手に生きる術があるはずだが私は馬鹿なのでそれすら見出せない。仮に見出せたとしても、きっと寿命が来て死ぬ頃でしょう。その時に全てを悟るのです。

何もかも無くなって「無」になれたら、どれほど楽だろう。無になりたい。無になりたいって一番難しい事だと思う。失ってから気付く大切さってあるよね、私にはそれが多すぎるのかもしれない。でも、同じように大切って思われてないと思うし、結局独りよがりなのかと思うと本当にしんどいな。正解が何なのか全く分からないよ。夜になると勝手に涙が出てくるし、強気だった気持ちも急に弱々しくなる。酒に頼ったって何も変わらない。歳を重ねるたびに心が弱くなってる気がする。そのうち気付いたら死んでるかもね。

最近のこと

4/24

働き始めてから1ヶ月が経とうとしてるが、相変わらずしんどい。毎日辞めたいとしか思えない。週末には酒を飲み気を紛らわせて寝るというのが習慣になりつつある。昔はあまり飲めなかったストゼロが美味しいと感じるようになったのは私が疲れているからなのだろうか?正直1年まともに働けるのかすら分からなくて、本当に不安で仕方ない。それにしても疲れた。

 

5/2

働き始めて1ヶ月が経った。きっとこうして気づいたら1年が経っているのだろうと思う。今日からGWだが、既にGWが終わった時の事を想像してしまい憂鬱な気持ちになっている。純粋に今を楽しめるような人間になりたかった。ミスド×しまじろうのつよいこグラスでストロング缶を飲むことにした。つよいこグラスだけにね。気持ちが重たすぎて爽やかな音楽でも聴いて気を紛らわせようと思う。